講座「あの人と和解する~自分を生きる」が楽しみすぎる

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講座「あの人と和解する~自分を生きる」が楽しみすぎる

By 済木麻子, 8月 19, 2016

人間関係って難しい。
でも、トラブルとか面倒くさいし、こじれたらしんどいし、
まあいいや、私が我慢すればいいんでしょ。

というのはもしかして、日本人あるあるなんでしょうか?

井上孝代さんの「あの人と和解する 仲直りの心理学」読みました。

たとえ「もうあの人とは口も聞きたくない」レベルの揉め事がなくても、
ちょっとした話の行き違いとか、誤解とか、思い込みとか、
そういったことで感じる小さなストレスからは、結局逃れられないわけで。

誰かと誰かの意見が合わないとき、
1.どちらも諦めたり
2.どちらかだけが我慢して相方に合わせたり
3.二人とも歩み寄って折衷案を取ったり

するのが普通の解決の仕方ですが、
それを超越(トランセンド)した解決の仕方があるとしたら…

全く別の発想から、我慢や折り合いではなく、無理のない着地点を、
それも別の地点に作ることができたら、
それが後々も火種としてくすぶることのない、
本当の「和解」と言えるのではないでしょうか。

夏休み。
おやつの分け合いとか、他愛のないことでトラブルを起こす子供達。
でも例えば私が母親として、兄の方に我慢してもらい、妹に分けるよう
一方的な采配をしたとしたら、
後でまた別のことで兄妹が揉めた時、兄の方は

「あの時おやつ分けてあげたのにー!」て言ったりします。

画像はイメージです

画像はイメージです

 

親からしたら「しょーもな」ですが(おい)、
解決したと思っていたところに思わぬ火種があって、
くすぶっている気持ちが再燃するいい例だと感じました。

トランセンドな境地に至るためには、
相手の言い分を「きく」ことが何よりも大切で、
たとえば兄弟喧嘩なら私が、一人ずつに(ここ大事ですよね。
兄の話を妹がいる場所で聞いてたら必ず反論が途中で割り込んでくるし)
気持ちを聞いてやることで、
本当はおやつじゃなくて、もっと「しょーもな」くない部分に本当の種があるのかもしれないし。
そこが満たされれば、実はおやつとかどーでもいいのかもしれないし。
いや、おやつがめっちゃ大事だったという結論でもそれはそれでいいんですけど。おもろいから。

でも、そのあたりの聞く姿勢や、新境地へ飛ぶ発想力とか、
実践として自分にどんなことができるのかとか、そのあたりのことがもっと学べたら、
兄弟喧嘩はもちろん、自分の周りの人間関係や、
自分自身との仲違い(本にも触れられていました)にも役に立ち、
シンプルに生きられるのではないかなと思います。

そんなわけで、私はこちらの講座に参加します(楽しみ)。
一緒に学んでくれる仲間も大募集中です。

 

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済木麻子

済木麻子

・名前   済木 麻子/Asako Saiki ・活動拠点   丹波↔奈良 ・担当   ライター ・メッセージ 奈良県出身、丹波市在住のライター。 「tocco.」をはじめとし、主に丹波をテーマに含む冊子、 ウェブサイトのライティングを手掛けてきました。 読書とアウトドアが好きな2児の母。 <主なテーマ> ご近所の本棚/編集記